嘘日記。

おおむね嘘を書いている。

5/11

 

気の置けない友人のわたしの前では大体いつも傍若無人の権化であるところのリサが、今日は珍しくションボリしている。見るからに覇気がなくため息が多い。聞いて欲しそうなので親切に聞いてあげることにした。

「どうしたの、元気ないけど」

「そうなのよ。ちょっと聞いてよ親友よ。わたしの懺悔を」

 

懺悔ときた。この女にも神に後悔と反省を告げたい気持ちがあったとは驚きである。

 

ということで彼女の話をまとめると以下の内容らしかった。

リサには仕事で年に何度か会う程度の交流があった同世代の男性がおり、明るく向上心があり、いつも新しいことに挑戦している努力家の彼をリサは尊敬していた。ひょんなことから将来の漠然とした夢の話になり、彼は世の中をもっと良くしたいという趣旨の志を穏やかに語った。リサは大変に共感し、これから一緒に何か出来るならわたしたち二人はいいチームが作れるかもしれないね、とぽろりと漏らした。

その持っていき方が間違いであった。

リサの台詞を聞いた途端、彼のテンションが大きく跳ね上がってしまったのだ。

「とても嬉しい。僕も君と良いパートナーになれそうと考えていた。いつからそう思ってくれていたの?僕は以前リサさんがうんぬんカンヌンの時から実は意識していて、以下略。」

リサからすれば感情的にどうこうではなく、お互いに良きアドバイザーとしていられそうだなというあくまで左脳的思考の元に出てきた台詞だったのだが、彼にはリサの望まざる方向で伝わってしまったのである。

わたしは感情の話をしたつもりはない、と温度差に驚くリサは思わず怯んでしまい、いつもの取り付く島もないような断り方が出来なかった。熱を帯びてこれからの二人の関係に対するイメージを語る彼に、

「いや、ごめんわたしまだそういう感情が爆発してる感じではないので…」

とやんわり否定的なコメントをしたのだが、完全にのぼせ上がってしまっている彼はどんどん反対方向へ行ってしまう。

「大丈夫、僕もしばらく恋愛していなくて躊躇う部分があったけれど、リサさんから一歩踏み出してくれた勇気に応えたい。すぐ感覚は戻ってくるよ!これからもっと深くお互いのことを知るべきだと思うし僕のことも自己開示していくので。マメに連絡するし生活リズムも合わせるタイプだから!頑張ります!」

 

絶句。

 

 

「いや、本当にわたしの言い方が悪かった。二人でとか言わなきゃよかった。そりゃ相手が勘違いしてしまうのも無理はなかったと思う。今回の件はわたしが悪い。悪いけど、ほんとに申し訳ないけどそんな感情の話になった途端にお互いの温度差にすごく引いちゃった。そしてやんわり断ったつもりがさらに勘違いを深めてしまった…」

リサはさらに深くため息をつく。わたしもなんと答えて良いのやら、無言で頷くしかない。リサにも同情すべき点はあるが、相手の彼も気の毒である。よっぽど嬉しかったのだろうなあ…と彼の舞い上がりっぷりを聞いて想像するしかない。

「性格が明るいって大事だけど、ポジティブがこういう風に誤って発揮されてしまうこともあるのだねえ」

「本当に、今回それは大きな学びでした…」

「どうしたの?その後」

「体調が悪いのでって言って連絡を絶ってる」

「それで相手信じるの?それに長くはもたない言い訳でしょ」

「相手からは『連絡くれてありがとう!ゆっくり治してね!』って来た…」

「ああ…」

 

今日何十度目かのため息をつき、リサは目の前のほぼ水と化したオレンジジュースの残りを啜った。普段自分に向けられる好意を金属バットで場外に打ち返している彼女が、もし素気無く振られでもした暁には冗談で済む程度に不幸を笑ってやろうと思っていたのだが、今回の件は笑うには申し訳ない気持ちである。不幸だ。

 

「やっぱり、他人に一方的に好かれることは不快だなって思った?」

「いや…」

リサは考え込みながらストローの飲み口をいじっている。

「むしろ自分の中に闇があるんじゃないかと残念な気持ちになったよね。まあ相手がポジティブすぎるとは思うけど、普通に人として尊敬していて他人同士としてはいい関係が築けていたのに、感情剥き出しにされると一気に拒否反応が出ちゃった。相手に欲しがられることは不快でしかなかったけど、自分の中にもすごく頑なな部分があるのかもしれない。それと向き合うべきなのかもしれないけどとにかく今は全力で引いちゃってて心のシャッターが一気に閉まっちゃった感じ。悲しいけどめちゃくちゃストレス。まずは元気になりたい…」

 

相手の男には本当に気の毒であるが、リサもリサなりに真面目に受け止めているのである。この台詞を聞いたら彼がどれだけ落ち込むか、わたしは心の中で彼を思って涙してあげた。わたしもまたそこそこに親切な人間である。