嘘日記。

おおむね嘘を書いている。

10/7

 

時間感覚が伸びたり縮んだりする。

さっきから1秒しか経っていない気もするし、永遠が挟まれていた気もする。

少なくともぼくの意識の中でぼくはまだ呼吸をしている。

感情の反芻も終えた。ぼくはただ呼吸する無となって塵の中に浮かんでいる。

 

と、その時それまで動いていなかった通信機器がピーと音を立て始めた。

砂嵐の向こうからだんだんと人の声が聞こえてくる。

 

10/2

宇宙に放り出されてからどれくらい経ったのか、もはや分からない。

センターと繋がれていたケーブルが切れてしまった時、腕の画面に酸素の残り時間が表示されていたはずなのだが、気付いたらerr表示のまま動かなくなっていた。酸素はぼくの背中に背負われたボンベの中に入っている。宇宙服を着たまま振り返って自分の背中を確認することが出来ないので、ぼくの命を繋いでいるボンベの中身を、ぼくはこんなに近い距離で見ないまま宇宙空間を漂っている。

Hp-sml星団を探査するのがぼくたちの任務だった。仲間ともあの瞬間、みんなはぐれてしまった。通信機器も繋がらない。

 

持って数時間の命だと分かっていたので、最初の数分間は絶望した。

だんだん呼吸が苦しくなって意識が薄れて、そして暗闇が訪れるのだろう。

だが脳内の暗闇と向き合ううちに心は落ち着いてきた。どうせ今生きている現実も、目の前は果てしない暗い世界でしかない。生きる時も死ぬ時も見える景色は同じだ。それならば最後の時間を、静かな気持ちで過ごそう。ぼくは人生の最後の数時間を祈ることにした。生まれてからこれまでのさまざまな出来事と出会いを反芻しながら、その全てに祈ることにしたのだ。

後悔、反省、感謝……さまざまな気持ちが浮かんでは、心の深い泉の中に静かに沈んでいった。

 

宇宙センターから飛び出した瞬間、音のない浮遊、そして突然のトラブルとパニック、絶望までを全て反芻し終えた後、もう思い出が現在に追いついて思い出すものが何もなくなった時、ようやくぼくは気が付いた。まだぼくは生きている?

 

 

 

 

9月のメモ

 

 

ジョセフミって名前ずっと覚えられない。

7部の爪もどうなのって思ったけど、ソフト&ウェットもなんか地味で弱そう。

ストーン・フリーと豆ずくライさんの能力って近いかな。

8部に首を捻るなら、それぞれの能力どんどんしょぼくなってない?ってとこだけ。

 

 

 

 

5/11

 

気の置けない友人のわたしの前では大体いつも傍若無人の権化であるところのリサが、今日は珍しくションボリしている。見るからに覇気がなくため息が多い。聞いて欲しそうなので親切に聞いてあげることにした。

「どうしたの、元気ないけど」

「そうなのよ。ちょっと聞いてよ親友よ。わたしの懺悔を」

 

懺悔ときた。この女にも神に後悔と反省を告げたい気持ちがあったとは驚きである。

 

ということで彼女の話をまとめると以下の内容らしかった。

リサには仕事で年に何度か会う程度の交流があった同世代の男性がおり、明るく向上心があり、いつも新しいことに挑戦している努力家の彼をリサは尊敬していた。ひょんなことから将来の漠然とした夢の話になり、彼は世の中をもっと良くしたいという趣旨の志を穏やかに語った。リサは大変に共感し、これから一緒に何か出来るならわたしたち二人はいいチームが作れるかもしれないね、とぽろりと漏らした。

その持っていき方が間違いであった。

リサの台詞を聞いた途端、彼のテンションが大きく跳ね上がってしまったのだ。

「とても嬉しい。僕も君と良いパートナーになれそうと考えていた。いつからそう思ってくれていたの?僕は以前リサさんがうんぬんカンヌンの時から実は意識していて、以下略。」

リサからすれば感情的にどうこうではなく、お互いに良きアドバイザーとしていられそうだなというあくまで左脳的思考の元に出てきた台詞だったのだが、彼にはリサの望まざる方向で伝わってしまったのである。

わたしは感情の話をしたつもりはない、と温度差に驚くリサは思わず怯んでしまい、いつもの取り付く島もないような断り方が出来なかった。熱を帯びてこれからの二人の関係に対するイメージを語る彼に、

「いや、ごめんわたしまだそういう感情が爆発してる感じではないので…」

とやんわり否定的なコメントをしたのだが、完全にのぼせ上がってしまっている彼はどんどん反対方向へ行ってしまう。

「大丈夫、僕もしばらく恋愛していなくて躊躇う部分があったけれど、リサさんから一歩踏み出してくれた勇気に応えたい。すぐ感覚は戻ってくるよ!これからもっと深くお互いのことを知るべきだと思うし僕のことも自己開示していくので。マメに連絡するし生活リズムも合わせるタイプだから!頑張ります!」

 

絶句。

 

 

「いや、本当にわたしの言い方が悪かった。二人でとか言わなきゃよかった。そりゃ相手が勘違いしてしまうのも無理はなかったと思う。今回の件はわたしが悪い。悪いけど、ほんとに申し訳ないけどそんな感情の話になった途端にお互いの温度差にすごく引いちゃった。そしてやんわり断ったつもりがさらに勘違いを深めてしまった…」

リサはさらに深くため息をつく。わたしもなんと答えて良いのやら、無言で頷くしかない。リサにも同情すべき点はあるが、相手の彼も気の毒である。よっぽど嬉しかったのだろうなあ…と彼の舞い上がりっぷりを聞いて想像するしかない。

「性格が明るいって大事だけど、ポジティブがこういう風に誤って発揮されてしまうこともあるのだねえ」

「本当に、今回それは大きな学びでした…」

「どうしたの?その後」

「体調が悪いのでって言って連絡を絶ってる」

「それで相手信じるの?それに長くはもたない言い訳でしょ」

「相手からは『連絡くれてありがとう!ゆっくり治してね!』って来た…」

「ああ…」

 

今日何十度目かのため息をつき、リサは目の前のほぼ水と化したオレンジジュースの残りを啜った。普段自分に向けられる好意を金属バットで場外に打ち返している彼女が、もし素気無く振られでもした暁には冗談で済む程度に不幸を笑ってやろうと思っていたのだが、今回の件は笑うには申し訳ない気持ちである。不幸だ。

 

「やっぱり、他人に一方的に好かれることは不快だなって思った?」

「いや…」

リサは考え込みながらストローの飲み口をいじっている。

「むしろ自分の中に闇があるんじゃないかと残念な気持ちになったよね。まあ相手がポジティブすぎるとは思うけど、普通に人として尊敬していて他人同士としてはいい関係が築けていたのに、感情剥き出しにされると一気に拒否反応が出ちゃった。相手に欲しがられることは不快でしかなかったけど、自分の中にもすごく頑なな部分があるのかもしれない。それと向き合うべきなのかもしれないけどとにかく今は全力で引いちゃってて心のシャッターが一気に閉まっちゃった感じ。悲しいけどめちゃくちゃストレス。まずは元気になりたい…」

 

相手の男には本当に気の毒であるが、リサもリサなりに真面目に受け止めているのである。この台詞を聞いたら彼がどれだけ落ち込むか、わたしは心の中で彼を思って涙してあげた。わたしもまたそこそこに親切な人間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5/10

リサは男によくもてるが、それが不快で仕方ないらしい。

わたしなぞ一般庶民代表の、あまり大勢に一挙に言い寄られた経験のない者からすれば、さぞ気分の良い状態なのではと思うのだが、現実に日々それを体験している彼女は断固こちらの意見を否定する。

「こちらがなんとも思っていない人間から好かれるということはね、欲しがられるということなのよ。わたしの肉体や感情やいろんなものを求めてこられるということ。わたしは全然その人に求めないし、その人の中にわたしの欲しいものは何もないの。でも向こうはわたしを欲しがって、そしてわたしがそいつを欲しがることをも求めてくるのよ。わたしの感情はわたしだけのものよ。あんたにくれてやる分はひとつもないっつーの。欲しいか欲しくないかはわたしが決める。よって不快、オブ不快です。」

 

以上が彼女の主張である。一般人たるわたしから言わせてもらえるなら、いささかクセが強い。

「一方的に、『僕のことも愛して!』と求愛されるならば確かにあなたの望むところではないかもしれないけれど、どちらかというと好意を持たれてチヤホヤされたりほんの少しえこ贔屓をしてもらう程度なら、無害で心地よいものなのではないの?」

「そういう国営放送のアナウンサー的万人から程よく好かれるというのも、考えてみれば気持ち悪くない?偶像崇拝的だわ」

 

なぜこのようなひねくれた輩がもてるのか男性陣の趣向は理解し難いが、リサは妙に男のなにかをくすぐる部分があるらしく、いつも誰かしらに言い寄られアプローチを受けている。おおむね気付き次第粉砕しているが。彼女は人当たりは悪くないが、ひねくれ者でマイペースで、友人として率直に言わせてもらうが特段の美人でもない。だが人の話を真摯に聞くし、どんなつまらない話にもきちんと自分の頭で考え、答えを返す。そういうところに、「この人は自分のことを分かってくれる!」と老若男女問わず多様な人間がコロリとやられてしまうようなのだ。リサいわく、「人として当然の振る舞いをしているだけ」だそうだが。そのように彼女のもて方はいわゆるアイドル的な華やかさではなく、あくまでパーソナルなひっそりとしたもて方なのだ。だから彼女と付き合いの薄い人間は彼女がもてていることを知らない。もててもてて不快に思っていることも。

 

わたしのような、下品だが分かりやすくランク付けをするなら中の中くらいの見た目のいわゆるフツー女子が、そこそこ一生懸命に身なりに気を使い丁寧に化粧をしてみても、なんだかリサのようにいかない。フツーの人として扱われ、別のフツーの人でも代わりがきくとでも言うような態度でかつての恋人たちはわたしの前を通り過ぎていった。…言っていて自分で悲しくなってくる。とはいえ自分の方こそ、その男たちを「フツー、そこそこ、わたしにちょうど釣り合うぐらい」と見下した失礼な評価を内心下していたのではなかったか。

でもわたしだってそんなわたしを唯一無二のかけがえのない人として大事にしてくれる人に出逢いたい、出逢えさえすればわたしだってその人のことをそのように大事にするのに。

 

 

5/5

そこに思想はあるのかい

そこに大義はあるのかい

そもそも思考したことがあるのかい

それは君自身の思考かい

ちゃんと考えてから、出来てから、って

うやむやに煙に巻くようなことばかり言っているうちに

君の中身はひとつも完成されないまま、歳ばかりくった理屈野郎がそこにいるって、それすら見えていないんじゃないのかい