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嘘の日記を書こうと思う。
本当のことを言うのが苦手なのだ。
街を歩きながら、今日は緑のタイルだけを踏んで歩こうと決めた。
道路は色とりどりのタイルで作られ、緑だけを踏もうとするといつもより少し大股になるか、斜めにステップを踏まなければならない。
「あの人、緑のタイルだけ踏んで歩いて遊んでる」と周りに気づかれないように歩く。こう見えてわたしはまっとうな大人なのだ。
わたしは涼しい顔をして、なんでもない風を装ってかろやかに緑のタイルを踏んでいく。
そのうちだんだん道もこちらの意図を察して、緑のタイルをあかるく照らして指し示してくれるようになる。わたしはうれしくなって、気持ちだけスキップするような調子で歩く。
ところがだんだん雲行きが怪しくなってきて、道はいじわるになっていく。
緑と緑の間が少しずつ離され、わたしは焦る。だんだん一歩一歩の幅を広げなくてはならない。120度近くの開脚が必要になりわたしは危うく転倒しかける。なんとか次の緑のタイルにつま先が届きそうになった瞬間、「ハーズレ」と声が聞こえ、緑と思ったタイルが濃い群青色に染まっていく。失敗だ。
ああ、と自分のため息が聞こえるか聞こえないかのうちに、わたしの周りの道がはるか下に向かって溶けていく。足元の感覚がすうっと薄れ、体がふわりと浮く。
ざんねん、いいところまでいったのにね。
なすすべもなく、色とりどりのタイルとともにわたしはどこまでもすべり落ちていく。