9/24
「SFはもう、流行しないの?」
瘴気マスクの向こうでヴォーカリストが歌う。
煽りを受けてオーディエンスは力強く拳を上げる。声を出すコール&レスポンスは禁じられているので、静かなリアクションだ。もちろんオーディエンスは全員瘴気マスクを付けて、簡易な防護服を着ている。
バンドは満足気にステージの上でギターをかき鳴らし、ベースを唸らせ、ドラムを下腹に響かせる。
そうだね、流行どころか、世界そのものがSFみたいになってしまったよ。
バンドのメンバーは瘴気マスクのみで、防護服を身に付けていない。かわりにステージと客席の間には視界と音を邪魔しない高さまでビニールテープが引かれている。
「敬虔な夢は夜ひらく」
ヴォーカルの歌声はよく伸びて、月夜に吸い込まれていくようだ。
疫病が流行り、ばたばたと人が死に、人類が瘴気マスクを付けて地下に潜って送った地獄のような生活を考えれば、屋外で音楽コンサートが出来るなんて奇跡のようだ。地上の世界に恋焦がれながら、人は音楽を忘れなかった。
「少しはこの場所に慣れた 余計なものまで手に入れた」
そうだね、余計なものばかり持っている気がするね。
「神様が匙投げた 明らかに薹のたった世界で」
わたしたちは、望まれない存在だったんだろうか。膨らみ続けて穴の空いた世界はどうなるんだろう。
「幾つもの夜を越えて 朝になればそれだけでも」
すべての光はこれからも光を放ち続けるのだろうか?すべてのありふれた光は、ありふれた当たり前をいつか取り戻すだろうか?
「例えばほら 君を夏に例えた
物語は終わりじゃないさ 全てを抱えてく」
アンコールは終わり、メンバーたちが深々とお辞儀をしてステージから去っていく。無言で手を振り続けるオーディエンス。季節なんていつ以来感じていないだろう。猛毒が飛び交っていると思えないほど澄んだ夜空に熱気と音の余韻が吸い込まれていく。消毒液のシャワーが降る中、人々はいつまでも手を振っている。