10/13
トランポリンが大好きだった。
朝起きたら部屋のトランポリンを跳び、地面の弾力がもっとあればいいのにと思いながらステップを踏んで登校し、家に帰ったらランドセルをおろす間も惜しんでトランポリンを跳んだ。大人になってもトランポリンで生きていくのだと思っていた。
中学に入ってもっと大きなトランポリンを買ってもらった。
時々放課後は友達とカラオケに行ったけれど、そうでない日はたくさん跳んだ。
高校に上がると、誰も出来ない技がやりたかった。新技を開発することに集中した。跳ばずに出来る変わり種を編み出すことにはまった。
大学受験が近づいて、トランポリンを楽しむ学部はこの国の大学にないと分かった。
走るのが速いわけでも、球技が得意なわけでもなかったので体育大学は諦めて、私立大学の文系学部を受験した。
大学に入って、時々トランポリンを飛んだけどスマホで友達とチャットしたりweb漫画を読む時間が増えた。卒業論文が不要な学部だったので、試験と出席だけで学位をもらった。
それなりに就職活動をしたら会社員になった。
営業したり、土日は寝ているかパズドラをしているうちに終わって行った。トランポリンは気付くと埃をかぶっていった。飲み会で増えた体重を、もう支えてくれるかどうか怪しかった。それ以前に、自分が元の高さまでジャンプできる自信がなかった。
わたしってトランポリンが好きなんじゃなかったっけ。
わたしは、トランポリンが好きなのに。
好きなのに跳ぶ気にならないことがしんどかった。
でもトランポリンがもう好きじゃないって認めるのはもっと無理だった。
YouTubeを開けると、わたしよりずっと熱心にトランポリンを跳んでいる人のすごい動画がたくさん上がっていた。心の中で大したことない技、跳ぶことへのリスペクトがないとかって一人毒づいた。
部屋の真ん中に鎮座しているトランポリンは場所を取るばかりだったけど、移動させなかった。
それでもあんまり跳ぶ気になれないので、
わたしは昔トランポリンが好きで熱心に跳んでいた、今は普通の人なんだって
自分に言い聞かせた。部屋に大きなトランポリンがあるだけの人なんだよ。
心が痛くて涙が溢れた。
もう跳べないから、でもトランポリンは嫌いじゃないから、トランポリンを好きでいる自分でいたいから、跳ばなくてもトランポリンと一緒にいるために毎晩トランポリンで寝ることにした。寝ながら少し体重を動かすとまだまだしっかりしたバネが体を少し浮かせてくれた。
わたしの新技がYouTubeに上がることはきっとないけど、わたしはずっとトランポリンを好きな人だと自己紹介をし続ける。