嘘日記。

おおむね嘘を書いている。

9/27

おおむね嘘の日記を書く。

本当のことを書くのが苦手なのだ。

 

 

彼女は夢を見ない。

ちょっとした手違いで、レム睡眠を見る遺伝子が彼女の中から失われてしまったからだ。

レム睡眠を見るための、M1とM3の遺伝子が彼女の体の中にはない。ひとつも。

だから彼女は眠っている時100%ノンレム睡眠だ。彼女は夢を見ない。

そして彼女はすぐ起きる。小刻みに起きて小刻みに眠る。

一説によれば、レム睡眠が失われるとノンレム睡眠の質が悪化するらしい。

けれど彼女のせいではない。彼女の意思でM1とM3の遺伝子が欠損したわけではないからだ。

彼女は夢を見ずに眠り、不機嫌に目覚め、また眠る。

短時間の眠りを何度も必要とするので、眠りを最優先に生活スタイルを決め、仕事を選んだ。

彼女は映像作品に出演している。スタント専門の女優なのだ。

顔は映らないので有名人ではない。

爆薬や炎を使うスタント、高層ビルやヘリコプターから落下するスタント。

多くがセットの関係でほとんど一発撮りだったが、彼女にとっては仕事が短時間で済むのでありがたかった。

絶対に一発でOKを出し、打ち上げにも参加せず帰宅して眠るのだ。

どんな危険な撮影も厭わず彼女は出演を快諾し、一発で必ず画面に映える映像を撮らせたので、多くの映画監督からオファーが絶えなかった。

自分の撮影の間だけ現場に出勤し、終わればすぐ帰るという条件で彼女は働いた。

現実の生活が現実離れした空想の世界だったので、眠っている間夢を見られないことは特に彼女にとってストレスではなかった。夢を見ないことでちょうどいいくらいだった。それでもノンレム睡眠レム睡眠無くしては安定しないので、睡眠はいつでも細切れだった。生活リズムが変わらなかったので、彼女は映画に出演し続けた。

一般大衆にほとんど顔と名前が知られることはなかったが、業界の人間と一部の映画マニアの間だけで知られる凄腕のスタントマンとして、彼女の名前は記憶に残った。

他人が一生で見る夢の何倍もの数の現実離れした作品に出演し、自身は一度も夢を見ることなく彼女は死んだ。今度は途切れることのない永い眠りだった。