嘘日記。

おおむね嘘を書いている。

10/7

 

道端で干からびたカラスの死骸を見るような目だ、と僕は感じた。

感じたので、感じたままに僕は口に出して言った。

「道端で干からびたカラスの死骸を見るような目だね」

テーブルの向かいに座っている彼女はそれには返事をせずに冷たく言い放った。

「じゃあ、もうこれで最後だから。あなたの部屋にあるわたしの荷物は着払いで結構なのでわたしの住所に送って」

 

早い話が、別れ話である。

目の前の美しく冷たい視線と声を持つ女性は、僕に別れを告げようとしている。

こんなに誠実で真摯に彼女に尽くしてきた、この僕に!

言っちゃ悪いけど、彼女の年収の倍ほど僕は稼いでいるし、これからもその年収は保障され年とともに上がっていく見込みであるし、髪の毛だってふさふさとしているし、服装も清潔でこざっぱりとしているし、ギャンブルもタバコも浮気もせず、何より彼女のことを心から愛しているのだ!

どうして彼女はそんな希少な男を捨てようというのだろう?

 

「どうして?納得できないな」

油断すると膝の上で握った拳が震えてきそうだ。でも僕はクールで穏やかな大人の男なので、彼女を不安にさせないためにつとめて冷静に返す。

「僕は心からきみのことを大切に思っているし、それを言葉や行動に表してきたつもりだし、何か不安や不満があるなら話し合おう。僕らは別れるべきじゃないよ」

「何もこれ以上話すことはないわ」

 

なんなら少し食い気味に彼女は僕のセリフを一刀両断した。

彼女と僕の間には、あっという間に飲み干されたホットコーヒーのカップと、いつまで経っても飲みきられずにぐずぐずと氷が溶けているアイスコーヒーのグラスがひとつずつ。

どちらがどちらのオーダーしたものかは、言うまでもない。

無意味にストローを弄びながら僕は途方に暮れている。

理由も説明してくれないなんて、ひどいではないか。僕らはお互いに理解しあって、歩み寄るべきなのに。僕はこんなに懇願しているのに。もっと僕は怒ってもいい場面のはずだ。でも僕は取り乱したりしない。こんな公衆の面前で感情をあらわにするのは大人のやることではないし、すでに気持ちの冷めかかっているらしい彼女をこれ以上幻滅させるわけにはいかない。

何が足りなかったというのだろう?誕生日に彼女をイメージした特大の花束と高価なプレゼント、スペシャルなディナーを用意したときは彼女も目を潤ませて喜んでいたはずなのに。彼女の化粧が少しくらい派手だからといって僕はそんなこと一度も口出ししたことはないし、連絡もまめに送って週末は彼女との予定を最優先で組んでいたのに。僕は誰がどう見ても素晴らしい恋人で、彼女にとって自慢のパートナーであるはずなのに!!

 

「じゃあ、さよなら」

気付くと彼女は1000円札を置いて立ち上がり、一度も振り返ることなくカツカツとヒールの音を響かせて店を出ていった。

しまった、結局彼女が僕のどんな点に不安や不満を覚えて別れを選ぶほど悩み苦しんでいたのか、本当のところを聞けなかった。

僕は味が薄まった苦いアイスコーヒーに口をつけた。

帰宅して彼女の気持ちが少し落ち着くのを待ってもう一度メッセージを送ってみよう。電話は彼女を追い詰めてしまうかもしれないから、遠慮しておこう。どうして僕らは別れなくちゃいけない?なんの問題もなくうまくいっていたじゃないか。僕はこんなに…僕は……。